校長室より

 

<校長室から>-----------------------------------------------

■平成31年度 入学式 式辞 (H31.4.8)

■平成31年度 始業式 式辞 (H31.4.8)
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  ■平成31年度 入学式 式辞 (H31.4.8)

 

式 辞
 万物に春の息吹を感じる今日の佳き日に、多数のご来賓の皆様のご臨席を賜り、平成31年度 愛媛県立南宇和高等学校入学式をかくも盛大に挙行できますことを大変ありがたく存じます。ご来賓の皆様、ご多用のところを、誠にありがとうございました。厚くお礼申し上げます。
保護者の皆様、本日はおめでとうございます。心よりお喜びを申し上げます。私たち教職員一同、皆様がこれまで大切に育ててこられました前途ある若者たちを、責任を持ってお預かりいたします。そして、本校を卒業するときには、変化の激しい時代の中で、心優しく、たくましく生きる力を身に付けた青年として、それぞれの次のステップへと送り出すことができるよう精一杯力を注いで参りますので、どうか、家庭と学校が車の両輪となって、一人ひとりの成長を支えることができますよう、ご協力、ご支援をお願いいたします。
さて、本校は、明治40年の創立以来、これまで、地元はもとより、国内外の各界で活躍する、2万4千人を超える卒業生を輩出し、今年度、創立112年を迎える伝統校であります。この間、「真知」「闊達」「創造」の校訓のもと築かれてきた数々の輝かしい歴史の上に、地元愛南町からの絶大なるお力添えをいただきながら、地域と共に伸びる学校を目指して、新たな歩みを刻んでいる学校であります。
ただ今、入学を許可しました122人の新入生の皆さん、入学おめでとうございます。皆さんは、9年間の義務教育を終え、自分の意思で本校への進学を決意し、合格されました。南宇和高校は皆さんの入学を心から歓迎いたします。皆さんは、伝統ある本校で、そして、地元から深く愛されている本校で学べることに誇りを持ってください。
今まさに、大きな希望と幾ばくかの不安を胸に、新たな学校生活を始める皆さんに、改めて、学校とはどういうものか、お話ししたいと思います。
学校は、学びあうところです。教科の勉強はもちろんですが、それ以外にも様々なことを、教職員から、また生徒どうしで学ぶことができます。南宇和高校には、いろいろな種類の、そして数多くの、学びの仕掛けがあります。皆さんは、それらの仕掛けに気付く人になってください。どうすれば仕掛けに気付く人になれるか。まずは、好奇心旺盛であること、そして、謙虚であること。世の中は学ぶべきものであふれていることを知っている人、そして、自分には足りないものがあることを自覚している人は、学びのチャンスをつかむことができます。学びのチャンスをつかむことができる人は、大きく成長することができます。
次に、学校は、小さな失敗や挫折を経験するところです。大人になってから初めて失敗をしたのでは、立ち直り方が分からず、前へ進めなくなってしまうかもしれません。将来大きな失敗をしないためにも、学校の中で経験する小さな失敗や挫折を大切にしましょう。それらの経験は、きっと皆さんを、強くたくましい人にしてくれるはずです。ただ、皆さんは、失敗したとき、「ごめんなさい」ときちんと言うことができる人であってください。南宇和高校は、皆さんの小さな失敗や挫折を、見守り、支える存在でありたいと思っています。
そして、学校は、互いに認め合うところです。認め合うとは、決して、ぬるま湯のような関係であるということではありません。南宇和高校には、生徒・教職員あわせて400人以上の人たちがいます。それぞれ個性を持った人たちが、互いに切磋琢磨し、高め合う関係を目指したいものです。まずは、皆さんが他者から尊重されるために、皆さん自身が他者を尊重するというところから始めましょう。互いに認めつつ、みんながレベルの高い居心地の良さを感じられる集団になりましょう。
それでは、満開の桜に祝福されて本日入学する皆さんが南高で過ごす毎日が、それぞれの個性や才能を存分に伸ばし、ひとまわり大きな人間へと成長させる日々になることを切に願って、式辞といたします。
 
平成31年4月8日
                  愛媛県立南宇和高等学校長
                          島瀬 省吾

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■平成31年度 始業式 式辞 (H31.4.8)

 

新年度が始まりました。皆さんは、気持ちを新たにして、今日の日を迎えていることと思います。
 皆さん、よいスタートは切れましたか。
 今日は、昨年度末、本校の農業クラブの機関誌「芽ぐみ」の巻頭言に書いたことを、改めて紹介したいと思います。
 森博嗣さんの『本質を見通す100の講義』という本の中に、「やるべきことをできない、という人間に誰がしたのか?」というタイトルのエッセィがあります。
 その中で、森さんは、世界一速く走る選手の記録について、その記録は、選手だけでなく、走るためのコースを整えた人、靴を作った人、選手の健康管理に関わった人など多くの人が、その記録を出すためにそれぞれがやるべきことをスタートしたことによって出せたものであり、そのうちの誰かがスタートしなかったら出せなかったのだとおっしゃっています。そして、以下、引用します。

「たとえば、コースの掃除をする人がいる。その人は、試合のまえにコースの点検をした。どこかに不具合がないか、と丹念に見て回った。小さな石を一つ拾っただけかもしれない。けれども、その人はやるべきことをやった。つまり、スタートしたのだ。その石のために、世界一速い男が記録を出せたのかもしれない。
 これは自分がやるべきことだ、と知った瞬間が、つまりスタートの合図だ。
 その音を聞いても、スタートができないのは、何故なのか?
 誰が、そういう人間にしてしまったのか、誰が、止めているのか?
 よく考えてみれば、きっとわかるだろう。スタートの音は、走るべき人間にしか聞こえない。周りの声援も罵声も、その音で掻(か)き消(け)されているはずだ。自分で自分の音を聞いたはずなのだ。
 少々遅れても問題はない。スタートするだけだ。必ず走れる。絶対に走りきれる。」

以上引用でした。
 私は、昨年、南高生が、日々のいろいろな活動の場面で、スタートの音を聞き、走り出し、走り続ける姿を見て、胸が熱くなることが数多くありました。
南宇和高校には、スタートの音がいつも鳴っています。中にはまだその音が聞こえず、走り出していない人もいるかもしれません。
これから、だれが、どのタイミングで走り出すか、私は楽しみで仕方がありません。
皆さんのこの1年間の大いなる成長、飛躍を期待しています。私自身も成長したいと考えています。生徒も教職員もともに育つ学校を目指して、一緒に頑張りましょう。
以上で第1学期始業式の式辞といたします。